東京・六本木の一つ星「le sputnik」フランス料理に映る日本の感性
六本木の静かな通りに、控えめな店構えで客を迎えるle sputnikがある。高橋 雄二郎シェフが手がけるのは、フランス料理の技法に日本の季節感を重ねた一つ星のコース。東京とパリで培った経験をもとに、古典を踏まえながら現代的な造形や味の組み合わせへ踏み込んでいる。
六本木の路地にある一軒
le sputnikがあるのは、東京ミッドタウンと乃木坂の間。大通りから入った静かな路地に面する、小さな建物の1階だ。目立つ看板も、高層階からの眺めもない。街の喧騒から数歩離れただけで、周囲の空気がふっと落ち着く。店名の「sputnik」は、旧ソ連が打ち上げた世界初の人工衛星に由来し、ロシア語で「同行者」「旅の連れ」を意味する。そこにフランス語の「le」を添え、フランス料理の伝統を尊重しながら新しい料理に取り組む姿勢を店名に託したという。六本木、赤坂、麻布の主要ホテルからアクセスしやすい一方、気負いを感じさせない距離感もいい。
開業以来、続く一つ星
旬の素材をフランス料理の技法でどう見せるか。コースには、その視点が一貫している。素材の鮮度と持ち味を軸に、食感、温度、香りの変化まで見据えて一皿ずつ組み立てる。盛り付けも装飾に終わらず、料理の運びや口当たりを考えたものだ。
高橋 雄二郎シェフは、熟成や発酵、旨味の抽出も積極的に取り入れている。製パンとパティスリーで身につけた技術は、薄いチュイルや軽い歯触り、立体的な造形にも生きる。le sputnikは2015年7月に開業。その約4か月後に発表された「ミシュランガイド東京2016」で一つ星を獲得し、「ミシュランガイド東京2026」まで11年連続で一つ星を維持している。
高橋 雄二郎、東京とパリでの歩み
オーナーシェフの高橋 雄二郎は、2001年に都内のフランス料理店で修業を始めた。パリでは三つ星のルドワイヤン、ビストロのラミジャンで経験を積み、メゾンカイザーとパンドシュクルでは製パンと菓子の技術を学んだ。帰国後は一つ星レストランでスーシェフ、料理長を歴任し、2015年にle sputnikを開業。現在はフランス料理の基本を軸に、日本の食材と自由な造形を組み合わせている。
コースに見るフランスと日本
ディナーは多皿のテイスティングコース。軽いひと口から魚、肉、デザートへ、温度や食感を切り替えながら無理なく進んでいく。意外な組み合わせはあっても、素材そのものの味を見失わない構成だ。
幕開けの「Finger Food」は、野菜と海の味を重ねた小さな料理の連なり。海藻のクリスプには茄子とうにのムース、チュロスには枝豆のピュレとパウダー、ほんの少しの砂糖を合わせる。磯の塩気となめらかなムース、香ばしい生地と枝豆の穏やかな甘みが、短い間に切り替わっていく。筒形の器には香草を敷き、その上に豚肉、海老、アーティチョークを使ったクロケットが2つ。隣のキッシュには、オニオンピュレと削りたてのペコリーノが添えられていた。
大きな白い皿の中央には、人参の細い輪で囲んだ真珠色の貝のタルタル。キャビアと小さな白い花があしらわれている。人参のピュレの甘みに、貝の塩気と帆立のまろやかさが重なる。緑のオイルを散らしたサフラン風味のバターミルクソースは、澄んだ酸味と香りで全体を軽くしていた。海の塩気と人参の甘みを、なめらかな質感の中で対比させた前菜だ。
次は、長野の郷土食であるおやきをフランス料理の視点で捉え直した一皿。胡麻油で揚げた表面は香ばしく、割ると胡麻油と餡の香りが広がる。じゃがいもと蕎麦粉を使った生地は素朴な風合いを残しながらも軽く、中心には桃色に火を入れた鹿肉。つややかな野沢菜と味噌の旨味が肉を包み、山の料理らしい親しみとレストランの精度が同居していた。
山の味から一転し、滋賀県産の鮎を使った小さなタコスへ。銀色に光る揚げ鮎を薄いトルティーヤに収め、クレソンとフレッシュハーブをたっぷり重ねる。メロン、胡瓜、青いトマトのみずみずしさをサルサ・ヴェルデの酸味がつなぎ、山椒の柑橘香とほのかな刺激が後を引く。鮎の風味を損なわず、軽快に仕立てた一口だった。
鰻は、要素を絞った現代的な盛り付けで供された。香ばしく焼いた鰻に、黄金色にソテーした白アスパラガスを添え、アスパラガスの軽いムースを重ねる。パプリカソースのかすかな燻香とスパイス感が、鰻の脂の重さを和らげていた。皿には小さな紫の花が一点、添えられている。
ここで、夫と私は別々の料理を選び、分け合った。夫が選んだのはパテ・アン・クルート。黄金色のパイ生地に包まれたテリーヌには鴨とフォアグラが詰まり、ピスタチオの歯触りとドライアプリコットの甘酸っぱさが加わる。周囲には人参、紫人参、ピクルス、いんげん、根セロリのピュレを配し、濃厚なフォアグラに酸味と軽さを添えていた。細かく置かれた野菜は小さな菜園のようで、食べる前にも目を引く。
私が選んだのは、店を代表する「薔薇ビーツとフォアグラ」。紙のように薄く、わずかに透けるビーツを一枚ずつ重ね、深紅の薔薇を形作っている。花の下には、ビーツのジュレをまとわせたフォアグラ。ビーツの土っぽい香りと控えめな甘みが、フォアグラのなめらかなコクを受け止める。目を奪う造形だが、味の対比にも無理がない。この店の技術と美意識がよくわかる一皿だった。
フォアグラの後、コースは再び魚へ。身を真珠色に仕上げた金目鯛は、艶のある橙色の皮を残し、葱、エシャロット、細かく刻んだ青いハーブを添えている。発酵させたきのこを加えた醤油が旨味と塩味を補い、発酵柚子胡椒の明るい香りと辛味が後口を引き締める。しっとりした魚、葱の歯触り、発酵調味料の複雑さが、それぞれ明確に感じられた。
肉料理の「Wagyu Grapes」は、黒い皿に桃色に焼いた和牛を置いた力強い一皿。艶のある肉は、きめ細かな肉質とやわらかさが際立つ。椎茸の土を思わせる香りに半乾燥させた葡萄の凝縮した甘みを重ね、黒にんにくのソースと赤ワイン梅干しで酸味、旨味、発酵香を加えている。熾火を思わせる黒いパウダーも添えられ、脂の甘みと燻香、葡萄の果実味を鮮やかな酸味が引き締めていた。
最初のデザートは、素朴な器に細かな色と食感を重ねたもの。削ったカカオ、白いヨーグルトの薄片、みずみずしいチェリー、ミント、紫と黄色の花を散らし、その下にクレームブリュレを思わせるなめらかなプリンを忍ばせている。オキザリスと、月桂樹のアイスクリームから青い香りが立つ。カカオの苦みとチェリーの酸味の間を、ヨーグルトのまろやかさがつないでいた。
ココナッツ、パイナップル、カモミールを使った「Meteorite」は、白い皿の中央に置かれた小さな月のかけらのよう。泡立てて凍らせたココナッツミルクをクリーミーなベースの上に立て、ココナッツの甘みにパイナップルの果汁感と酸味を合わせる。カモミールのアイスクリームからは穏やかな花の香りが立つ。ライチと小花も添えられ、ココナッツのコクがありながら口当たりは軽い。
食後の茶とともに供されるミニャルディーズは、対照的な二品。表面を深くキャラメリゼしたオレンジとチョコレートのシューは、濃い甘みの後に心地よい苦みが残る。もう一方はフレッシュチーズを詰めた小さなタルト。ルバーブ、苺、薔薇のジュレを合わせ、果実の酸味に薔薇の香りが重なる。
食事を終えて
le sputnikで強く印象に残ったのは、造形の華やかさより、コース全体に筋が通っていたことだ。フランス料理の技術と日本の旬、パリで得た自由な発想が、奇抜さに傾かず一続きになっている。アミューズからミニャルディーズまで、力強い味の後に軽さがあり、発酵の深さとみずみずしい酸味が交互に現れる。皿数は多いが、食後に重さは残らなかった。東京で、席数の限られた空間で落ち着いてディナーを楽しみたいなら、予約は早めに。一皿ずつ時間をかけて向き合いたい店だ。