東京「apothéose(アポテオーズ)」で、日本の風土を映すフランス料理を味わう
東京の空を望むapothéose(アポテオーズ)は、北欧デザインの空間で、日本の食材を軸にしたフランス料理を供するレストランだ。声を少し落としたくなるような穏やかさがあり、光や素材、サービスの所作が静かに揃う。ミシュラン一つ星のコースも華美に傾かず、ほどよい緊張感を残している。建築と料理に一本の線が通った店だ。
北欧デザインと東京の景色
apothéoseがあるのは、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの49階、TOKYO NODE内。眼下には東京の街が広がるが、店内へ入ると都市の喧騒は遠のく。彫刻のようなレセプションカウンターの先には、自然な色調でまとめたラウンジ。テラコッタタイルの床、白亜を思わせる明るい塗り壁、経年の風合いを帯びた真鍮パネルが、素朴な質感と現代的な造形を無理なくつないでいる。ワインセラーを思わせる通路を進むと、二枚の真鍮扉が自動で開き、その先に東京のパノラマが現れる。
ダイニングを設計したのは、デンマークのデザインスタジオ、スペース・コペンハーゲン。中央の石造りのサービスステーションは配膳の拠点であり、器やグラス、オブジェを見せる空間の中心でもある。特注家具には明るい色のオーク無垢材を使用。やや後方へ傾いたGledaチェアには、Sørensen LeatherのグレーのNUANCEレザーとDedarのファブリックが張られ、Benchmarkによるホワイトオークのテーブルが並ぶ。卓上のComoポータブルランプ(&Tradition)が柔らかな光を落とし、頭上ではマイケルアナスタシアデスのMOBILE CHANDELIERがゆっくりと向きを変える。
この空間を大きく左右するのが自然光だ。大きな窓は東京の景色を切り取り、透け感のある淡色のカーテン越しに、時間とともに光が移ろう。人工照明は素材の陰影を拾う程度に抑えられ、視線を奪わない。片隅に掛かる山野辺英明の「Through the Clouds」も、高層階ならではの浮遊感によく合っている。布地の手触りやタイルのわずかな色むらまで目に入り、広い店内でありながら、席まわりには落ち着きがある。
日本の食材をフランス料理の技法で
滋賀県出身の北村啓太シェフは、日仏二つの食文化の間で料理観を培ってきた。NARISAWAの成澤由浩シェフに8年間師事した後に渡仏し、15年にわたって経験を重ねた。パリでは料理長を務めた店をミシュラン一つ星へ導き、その評価を数年にわたって守った。そこで身につけたのは、味を組み立てる厳密さ、ソースや火入れへの理解、細部を詰める姿勢。そして、食材と生産者への敬意を欠けば料理は成り立たないという考えだった。
帰国後は日本各地へ足を運び、生産者や漁師、職人と対話を重ねた。土地の気候や土壌、受け継がれてきた技術まで確かめて食材を選び、フランス料理の技法でその持ち味を引き出す。技巧で素材を覆い隠さないのが北村シェフの流儀だ。メニューは日々細かく調整され、レシピも年ごとに見直される。ときには料理のスタイルまで大きく変わるが、味に真摯に向き合い、素材の持ち味を曖昧にしないという軸は変わらない。
フランス料理の伝統、日本の食材への探究、現代の感覚。この三つがapothéoseの核にある。開業から1年を待たずしてミシュラン一つ星を獲得したことも、その方向性と仕事の確かさを示した。店名が意味する「頂」は到達点ではなく、向かう先を示すもの。完成形に留まらず、変化を続けるレストランだ。
49階で味わったMenu unique
私たちが選んだのはMenu unique。コースが始まるまでに、フランス製のノンアルコールスパークリング「1688 Grand Blanc(1688 グラン・ブラン)」が注がれた。ぶどう果汁を使った無発酵の一本で、泡はきれがあり、果実味は控えめ。食前の一杯として、すっきりとした始まりだった。
ほどなく運ばれた三つのアミューズに、北村シェフの料理の方向性が早くも見える。軽いビーツのグジェールは、焦がした木と金属を組み合わせた台座に。じゃがいものタルトレットでは、薄い生地の歯触りとなめらかな中身、土を思わせる風味が、一つの食材に異なる表情を与えている。鮮やかな緑のほうれん草と味噌のクレープは粗い石の上に置かれ、香草とナスタチウムの葉が添えられていた。
最初の前菜は、蒸してしっとりと仕上げた鮑。キャビア、澄んだトマトウォーター、セロリ、タイラギを合わせ、若い葉と花びらが海の風味に青い香りを重ねる。ノンアルコールペアリングは、煎茶、わさびの新芽、和薄荷を使ったアンフュージョン。清涼感のある後口が、鮑のほのかな塩気を引き立てた。
続く鰻の一皿では、温度も味わいも一段濃くなる。ブラウンマッシュルームと国産黒豚の生ハムを層にし、鰻で巻いて天ぷらに。軽い衣と柔らかな中身の対比が明快だ。揚げたバターナッツかぼちゃの細切りが香ばしさを加え、日本酒を香らせた同じかぼちゃのソースが、穏やかな甘味と旨味でつなぐ。冷たい菊花茶と瀬戸内産人参を合わせた一杯を口に含むと、揚げ物の後味がすっと切れた。
次は鯛のタルタル。フィンガーライムで引き締め、ポメロの果肉を合わせた鯛に、花形に削った大根を重ねている。白ワインソースを点々と配し、丸みと酸味の釣り合いを取っていた。国産マスカットのジュース、グレープフルーツ、洋梨のミルクによるペアリングも、果実の酸味とミルクの丸みが皿の軽やかさを損なわない。
続いては、春巻きを思わせるクリスピーなロール。茄子、トスカーナ産白トリュフ、十勝ロイヤルマンガリッツァ豚を包み、北海道のチーズ工房タカラの熟成チーズをふわりとかぶせている。熱を帯びた黄金色の生地の上でチーズがほどよく溶け、乳のコクとトリュフの香りが広がる。よもぎと蕪のジュースにレモングラスを合わせた一杯は、脂を切りながら、土や木を思わせる香りにも自然につながった。
野菜のトゥルトは、キャベツの色と歯触りを生かした一皿。薄いパイ生地の間に赤キャベツと緑のキャベツ、エリンギを幾層にも重ね、濃い野菜のジュと赤キャベツのピュレを添える。軽い燻香を帯びた福岡産ほうじ茶を合わせると、きのこと焼いたキャベツの香りが長く残った。野菜が主役だが、パイの薄さや層の重ね方まで仕事が細かい。
肉料理を前に、温かなかぼちゃのパンが供された。もちのような弾力のある生地には、かぼちゃの素直な甘味がある。焦がし葱のバターを合わせると、燻した香りと焼き目のほろ苦さが加わる。見た目は素朴だが、甘味と香ばしさの釣り合いがよい。
メインは備長炭で焼いた和牛。肉は肉汁を保ち、きめ細かな脂をたたえている。舞茸とソテーしたほうれん草、艶のあるボルドレーズソースが添えられ、セロリのピュレが脂とソースの濃さを和らげる。色彩を意識した盛り付けにも、シェフの美意識がうかがえた。ザクロの酸味と京都の燻製茶の乾いた香りが、肉の余韻を重く残さない。
アヴァンデセールは、ジンジャーエールの辛味と爽快感を氷菓で表した一皿。唐辛子のパンナコッタ、ミルクアイス、レモンと生姜のグラニテを重ね、口の中で弾ける砂糖と花形のゼリーを飾る。冷たさの後に辛味と酸味が現れ、炭酸飲料を思わせる刺激が残った。続くヴァシュランは、栗の甘味とほうじ茶の深みを組み合わせる。軽いメレンゲで栗のアイスとほうじ茶を包み、砕いたビスキュイとクリームを添えることで、ひと口ごとに歯触りが変わった。
最後のミニャルディーズは、漆塗りの豆を思わせる小菓子。バラとホワイトチョコレートのガナッシュの中心に、花の香りと酸味をもつパート・ド・フリュイを忍ばせている。薄い殻が割れ、その後になめらかなガナッシュがほどける。最後は軽い和ハーブのアンフュージョン。甘さを長く残さず、食事を終えられた。
総評
apothéoseの強みは、49階からの眺望だけに頼らず、料理へ自然に意識が向く距離感をつくっていることだ。コースは日本の食材を前に出しながら、ソースや火入れ、パイ、デセールにはフランス料理の技法が明確に残る。茶や野菜、果実を使い分けたノンアルコールペアリングも、皿の流れを損なわなかった。料理の密度は高いが、見せ方は過剰ではない。細部まで考え抜かれた、落ち着いて向き合いたいディナーだった。
連絡先
Apothéose